大判例

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東京地方裁判所 昭和24年(ワ)2662号 判決

原告 黒沢卓人

被告 野口光慶 外一名

一、主  文

被告森は原告に対し金五万円及之に対する昭和二十四年七月五日以降完済迄年五分の割合の金員を支払え。

原告の被告森に対するその余の請求及被告野口に対する請求は棄却する。

訴訟費用は五分しその一を被告森の負担としその他は原告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り担保として金一万五千円を供託すれば仮に執行することができる。

二、事  実

原告訴訟代理人は「被告等は各自連帶して原告に対し金三十八万六千二百七十二円七十銭並に之に対する本訴状送達の翌日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告等の負担とする」との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、被告森菊雄は東京地方裁判所昭和二十三年(ワ)第二二〇号家屋明渡請求事件の執行力ある判決正本に基き、同年四月十二日東京地方裁判所執行吏被告野口光慶に対し家屋明渡の執行を委任した処、被告野口は同日原告の占有中の東京都千代田区神田神保町一の五の二所在木造亜鉛葺二階建一棟建坪二十坪二階十三坪五合屋階九坪の内、階下表側六坪半の家屋明渡の執行の為被告森が予め依頼してあつた代理人訴外諸伏幸平と共に現場に臨み、原告本人不在のため原告雇人坂本テイ子に出会して一部執行のみをして同日は延期したが、翌十三日早朝被告野口は前記目的物件の明渡し執行のため現場に臨んだが、原告本人不在につき訴外福井覚、滝沢金次を立会人として被告森、訴外諸伏幸平と共同で自ら指揮監督の上前記家屋の厳重なる表雨戸を乱打破壊の上屋内に乱入器物を破壊し、剰へ店内に在つた商品は元より顧客よりの委託品を手当り次第に街路上に放出し、原告は右物件の中一部引渡を受けたが、同日後刻右物件を調査した所別紙<省略>物件目録記載の通りの物件が紛失不足し且別紙<省略>破損の目録の通り破損しているのを発見し、因つて合計金三十八万六千二百七十二円七十銭の損害を被つた。

右は執行吏たる被告野口の正当なる職務執行行為ではない、即ち執行吏は不動産の明渡の強制執行には目的物でない動産は之を取除き完全に債務者に引渡すべき義務あるにも拘らず、この義務を尽さず故意又は過失により被告森と共同して前記の通り原告の所有権を侵害したのであるから、右は被告野口被告森両名の共同不法行為である故これにより原告の被つた損害を賠償する義務があるものである。仮に然らずとするも被告野口の右行為は適当なる職務の範囲を超越し失当なる方法により他人の権利を侵害したのであるから権利の濫用として不法行為となるからやはり損害賠償の責あるものである。

被告森は前記執行につき代理人諸伏幸平、立会人福井覚、同滝沢金次を指揮監督して被告野口と共同して故意又は過失によつて前記の如き不法行為をしたのであるから、之が損害賠償の義務がある。仮に然らずとするも被告森は自己の強制執行の委任をした執行吏がその執行を為すにあたり第三者に損害を加えた時は委任者たる被告は当然その損害を賠償する義務あるものである。よつて原告は被告等の不法行為に対し各自連帶責任による損害賠償を求めるため本訴請求に及んだと述べた。<立証省略>

被告等訴訟代理人は「原告の請求は棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、原告主張の債務名義によつて原告主張の目的物件に対し昭和二十四年四月十二日一部明渡の執行を為し翌日原告主張の如く全部の執行をした事実は認めるが、原告主張の物件目録記載物件がその場所に存在した事は不知でありその余の事実は否認すると述べ、仮りに別紙目録物件が存在したとしても右物件は本件家屋明渡執行の際原告に引渡を了したものであるからその後紛失してもそれは原告の責任である。又ウインド等本件執行の目的である家屋に附加した造作物がある場合之を取除くことは当然その執行の範囲に属する。而して本件執行の債務名義たる判決は昭和二十四年二月十一日言渡され同年三月十七日に該事件の被告たる本件原告に送達されたのであつて右判決には仮執行の宣言が附せられているから直に家屋明渡の強制執行が行われ得ることは原告のよく熟知するところであり、なお且本件執行は二日に亘り最初は一部を執行し翌日明渡断行の執行がなされた。故に原告は自己の所有物に対する保全をするについての準備をするに充分の機会があつたにも拘らず、原告がこれをしなかつたのは原告にも重大な過失がある、と述べた。<立証省略>

三、理  由

第一、原告の被告野口光慶に対する請求について審按するに、原告の本件訴旨は被告野口は東京地方裁判所昭和二十三年(ワ)第二二〇号家屋明渡請求事件の執行力ある判決正本に基いて債権者森の委任を受け東京地方裁判所執行吏として昭和二十四年四月十三日原告に対する家屋明渡の強制執行をなすに当り故意又は過失により原告の所有権を侵害して金三十八万六千二百七十二円七十銭の損害を加えたから之が賠償を求めるというにある。しかして思うに強制執行は債権者の申立により債務名義に形成された私権を国の公権力によつて最後的に実現するものに外ならないから、右の強制執行は国の公権力の行使であるといわねばならないし、又右の場合執行吏は右の強制執行権を行使する国の機関であるから、制度上の公務員たる身分はないとしても国の公権力行使の権限を与えられた一種の公務員であるとみなければならないことは勿論である故、原告主張のように執行吏の被告野口が適法の債務名義に基いて、強制執行をなすに当つて故意又は過失によつて違法に(原告の所有権を侵害して)原告に損害を加えた場合は原告は新憲法第十七条に基いて制定された昭和二十二年十月二十七日公布の法律第百二十五号国家賠償法に基いて国に対して損害賠償請求権を有するものと言わねばならない。只右の場合被害者である原告は国に対してのみ賠償を求めうるに過ぎないか又は被告野口個人に対してもその賠償を求めうるものであるかについて考えてみるに、国家賠償法第一条に「国又は公共団体がその責に任ずる」と規定したのは結局第一次的には専ら国又は公共団体がその責に任ずる趣旨を表示したものと解するを相当とする。殊に同法の附則において従来執行吏の損害賠償義務を規定していた民事訴訟法第五百三十二条を削除したのは右国家賠償法の制定によつて右執行吏に対する直接責任を排除したものと解するのが相当である。従て被害者は同法の制定以後は国に対してのみ損害賠償請求をなし、執行吏に対しては直接にその責任を問い得ないものと考える。以上の事由によつて被害者に対しては国が専らその責に任じ、公務員に「故意又は重大の過失があつた場合においてのみ国から当該公務員に対して求償権を行使しうることとなし、これによつて稍もすれば執行吏の責任を加重ならしめて前叙の国の強制執行機能の畏縮を来すが如きことを防がんとした法の精神であると解するを当裁判所は妥当と稽える。

以上説示した通りの次第であるから原告はもしその主張の如き事実があるとしたならば、国に対してその賠償を請求すべきであつて、被告野口に対しては実体上の損害賠償請求権がないから結局原告の被告野口に対する本訴請求は理由がない故これを棄却すべきものと考える。

第二、次に原告の被告森(執行債権者)に対する請求について審究する。

(一)  原告主張の要旨は、被告森は執行吏野口と共同して債権者代理人諸伏幸平、立会人福田覚、同滝沢金次を指揮監督して本件執行行為をなすに当り、原告所有の動産を完全に債務者である原告に引渡す義務あるに拘らず、故意又は過失によつて右物件を紛失又は破損し、よつて原告の右所有権を侵害して損害を加えたから之が賠償を求めるというにあるからこの点について稽えてみるに、

(イ)  被告森の委任によつて執行吏野口が原告主張の債務名義によつて昭和二十四年四月十二日原告主張の本件家屋に対する明渡に関する一部執行をなし、翌十三日右家屋の明渡の強制執行を断行したことは当事者間に争がない。

(ロ)  原告は右家屋明渡の強制執行に当り執行債権者の被告森はその代理人や立会人を指揮監督したと主張するけれども、この点について原告の主張に添う如き証人安田万三、同村岡隆夫の証言並に原告本人の供述部分は被告森の本人尋問の結果中「自分は当日執行吏に執行の目的家屋を間違えると困ると言われ、執行現場の黒沢洋品店へ行つたところすでに表戸も開けてあり運出して居つたので自分は中に入らずに附近で見ていた」旨の供述に徴すると前示両証人の証言並に原告の供述は採用できない。その他に右原告の主張を肯定しうる証拠資料はない。

(ハ)  しかして証人丹下三四五郎の証言によると「本件家屋明渡の執行当時の現場の模様では品物を抛り出したようになつており乱雑になつていたことは事実であるがどういう具合に乱雑になつていたかは具体的には記憶していないが、その時は十数人の人が見物していたようであつて、誰れも品物を看視していたものはなかつたので誰かが持出した品物を持去れば品物が紛失するような状況にあつた」旨の証言によつて明かな通り本件強制執行によつてその目的物の家屋から持出した債務者所有の動産(商品等)は監視を要する状況にあつたことが明確であり、

又前掲被告森菊雄本人の供述によると債権者森は執行吏の通知によつて本件家屋の明渡の強制執行に実際上立会つて右執行の目的の家屋内にあつた債務者所有の動産物件の持出されたものを監視しうる地位にあつたことが明瞭である。思うに本件執行の如く第一審判決の仮執行の宣言に基く債務名義(成立に争なき甲第一号証)による家屋明渡の強制執行は債権者に執つては非常に敏速にして且有力の満足であることは言うを俟たないが、それ丈け債務者に執つては厳しい痛苦であることは勿論であるから、債務者のためにはその不当な権利の侵害にならないよう努めて戒心を要すべきことは民法の所謂「権利の行使は信義に従つて誠実に之をなすことを要する」旨の規定に徴するも瞭であつて殊に、本件執行は債権者の家屋明渡請求権の実現にあるのであるから、右家屋内の債務者所有の動産は完全に債務者にこれを引渡すべき義務のあることの如きは法律を知ると否とに拘らず、一般社会人の常識上当然知つている筈であるし、又本件の如く債務者である原告の営業とする洋品類(衣料品)は本件執行当時は何人もその欲望の対照となるような貴重の品であつたのであるから執行債権者としては右家屋から搬出された右商品類は、厳に之を監視して散逸紛失を防ぎ債務者に一物といえども不当の損害を及さざるよう特別に留意すべきことは言うを俟たないから、その不注意により右物件が紛失した場合は執行債権者である被告森は之れによつて生じた原告の損害を賠償すべき義務あるものと言わねばならない。

(二)  証人滝沢金次、同古関忠の各証言及被告野口光慶の供述によれば、本件家屋明渡の執行に際しては債務者所有の動産類は右家屋外に持出した上、債務者の原告に引渡す迄之を監視していた旨各陳述しているが、前掲丹下証人の「誰も品物を監視していた者はなかつた」との証言があるのみならず原告本人の供述(第二回)によると「昭和二十四年四月十三日の本件執行当時現場において執行立会人及人夫等が運び出した品物を野口が監視して最後迄いたのでなく、その時の野口(執行吏)等の様子は屋外に出した商品等の監視というより早く片付けて帰るようにしていましたので、商品等は放出してありました」との証拠によると原告が被告森と共同不法行為者であると主張する執行吏野口が債務者所有の動産を債務者原告に引渡す迄監視していたとの前掲の諸証拠は採用できない。

(三)  よつて本件執行の目的の家屋内にあつた原告所有の動産の中、右執行に際して紛失したものがあるかどうか及その数量について審按するに、

(イ)  証人安田万三、同村岡隆夫の各証言、原告本人の供述(第一回乃至第三回)同証拠によつて成立を認めうる甲第十一号証の一乃至十五(本店から本件家屋(支店)に送付した納品書)甲第十二号証(昭和二十四年三月三十一日の右支店の棚下表)甲第十三号証(右支店のその後の商品入荷表)甲第十四号証(右支店の四月十二日迄の売上表)甲第十五号証(四月十五日の商品調査表)甲第十六号証の一、二(紛失品調査表)を綜合すると別紙第一物件目録記載の物件中毛糸七ポンドが四ポンドであるの外その他はいずれも右家屋明渡の執行に当り原告所有の動産中紛失したものであることが窺知することができる。

成立に争のない甲第二号証(執行調書)並に乙第一号証のみでは右認定を左右することはできない。

よつて原告は右物件の所有権の侵害によつて右物件を取得した価格と右物件を原告が小売の公定価による販売によつてうべかりし利益の喪失による損害は合計して金二十万九千九百七十二円七十銭(毛糸三ポンド二万二千五百円を除く)となることが認められる。

(ロ)  原告は右の外別紙第二目録記載の物件の破損並に紛失をしたと主張するけれ共、右物件はその主張自体から言つていづれも本件執行の目的物である家屋の構成部分とならない。単に一時的に備え付けた債務者所有の造作類であることが窺えるから、右物件は右家屋明渡の執行に当つては之れを取除くべきものであることは執行吏として当然の執行行為であつて、そのために多少の破損が生ずるのは物理上又止むを得ないところと謂わねばならない。殊に前叙説示した通り執行吏は国の執行権の実現を確保する一種の公務員たる性格を有するものであるから、その執行吏の職務行為については債権者に故意過失の責むべきものがあつて一般不法行為の成立する場合は格別として、単に適法の債務名義に基いて執行の委任をしたということのみでは、これによつて当然その執行について責任を負うべき筋合でないと謂わねばならないし、又同目録記載の鍵等の紛失したことについてはこれを認むべき確認がないからこの点に関する原告の主張は採用しない。

(四)  次に被告の過失相殺の主張について判断する。

成立に争のない甲第一号証によると本件執行の債務名義となつた判決は昭和二十四年二月十一日言渡されたことは明かであつて、右判決正本が同年三月十一日原告に送達されたことについては原告は明かに争わないから自白したものと看做される。

そうすると原告は本件執行の昭和二十四年四月十三日迄には三十日余の期間があつたのであるから、右判決の執行停止等の適法の防禦方法を講ずる余裕が充分あつたのみならず、成立に争のない甲第二、三号証によると同月十二日に本件家屋の明渡の一部執行をなしたのみで当日は延期したのであるから、執行債務者の原告はやがて全部の執行のあることを十分予期し得た筈であるから、前記の通り防禦方法を執らないならば任意に本件家屋の明渡の準備をしなければならないことは右家屋明渡請求訴訟において敗訴し、且右判決に仮執行の宣言を附された原告としては、当然の義務であることは勿論である故、直に右の準備をしたならば前記の如き損害を未前に防ぎえたものというべきであるのに敢えてそれもせず、又執行当日も被告森の供述によると「債務者黒沢が来て私に対し暴言を浴せるのでけんかになりそうであつたので、家の者が来て私を連れ戻つた」ような状況で原告は徒らに興奮するのみで冷静沈着に自己所有の本件動産物件の防護のために適宜の処置を執らなかつたことが窺えるから、叙上の原告に関する諸事情によると結局本件損害の発生について原告にも重大の過失があつたことが認められる故、右被害者の過失を斟酌すると被告森の原告に支払うべき損害賠償額は金五万円を以て相当であると考える。

以上の次第であるから、主文第一項の範囲において原告の請求を認容しその他の部分は失当として棄却すべきものとして民事訴訟法第九十三条、第九十二条、第百九十六条を各適用して主文の通り判決する。

(裁判官 佐野英雄)

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